土木構造物レポート
テーマ:大阪駅
Track.1 イントロダクション

大阪の玄関口、大阪駅。平成23年にはこれまでとは大きく姿を変えて生まれ変わろうとしています。新たな玄関口へと変化するこの機会に、これまでの大阪駅の歴史を調べてみることにしました。調査をすすめるうちに、大阪の交通の変化との関連性や、時代ごとの交通の移り変わりに関係していることが見えてきました。

Track.2 大阪駅の誕生・初代大阪駅

初代大阪駅は明治7年(1874年)5月11日に開業しました。計画当初は堂島付近に建設される予定だった(海運との接続を考慮して)。しかし、住民の反対が強く、現在(曽根崎)の位置に建設されました。駅の形状は将来的に神戸から京都までが開通することを見越して、通過型の駅としたようです。開業当初は大阪―神埼(尼崎)―西ノ宮―住吉―三ノ宮―神戸でした。始発は7時で一日8往復の運転でした。

Track.3 重厚な2代目大阪駅

2代目大阪駅は明治34年(1901年)7月1日に開業しました。明治20年代に入り、旅客・貨物輸送が増大しました。明治34年には年間560万人、43年には720万人が利用するまでになりました。大阪駅西部には、堂島川から掘割が建設され、海運への貨物積替えが行われていました。昭和10年、新たな駅舎を建設するため、解体されました。幸いなことに、解体後は東京の女学院へ移設されました。しかし、空襲で焼け落ち、現在は見ることができません。

Track.4 鉄骨製の3代目大阪駅

3代目大阪駅は昭和15年(1940年)6月1日に開業しました。計画当初は総5階建ての予定でしたが、戦局の悪化で資材不足となり、3階までとなりました。しかし、吹き抜け部分のみ5階建てとなりました。計画当初はホテル機能をもつ駅を計画していました。昭和3年には貨物機能を梅田貨物駅に集約されました。当時の運送手段の主流は海運であり、大阪の町も「水の都」といわれるように掘割(運河)が張り巡らされていました。大阪駅は、鉄道の陸運と海運との接続点としての役割を果たしていました。これらのことから、掘割を南側から北側(現在の貨物ヤード付近)まで拡張しました。

Track.5 現在の姿である4代目大阪駅

4代目大阪駅は昭和54年(1979年)12月15日に開業しました。また昭和58年(1983年)にアクティ大阪が開業しました。北側の駅ビルは、新たな大阪駅建設のため、取り壊されています。

Track.6 新たな姿の5代目大阪駅

5代目大阪駅は平成22年に完成予定です。現在、徐々に工事が進められています。完成図から判断すると、カラス張りの大屋根が設けられ、鉄道をオーバークロスする自由通路が設けられるようです。

Track.7 駅構内の状況

個人的な駅構内の感想としては、ゆっくりと過ごすには向いていないように思います。休憩スペースはほとんどなく、コンビニ、ショップ、喫茶店が3店程度で、全て小規模です。近年、改札を出たあたりに、コンビニや食料品を扱うショップなどが出来ています。今後の変化が楽しみです。

次に、JR大阪駅から周辺の地下鉄や阪急、阪神などへのアクセスについて見てみました。大阪駅から他の鉄道会社へのアクセスはあまりいいとは言えないと思います。全体的には、大阪駅だけが独立しており、地下街に辛うじて接続されているように思えます。大阪駅を含めた梅田全体を一体化する必要があるように思います。

Track.8 まとめ

大阪駅の歴史は非常に古く、130年以上の歴史があることがわかりました。それと当時に輸送手段の変遷と駅の形状、役割が変化する様子がよくわかりました。現在の駅の役割は、乗り換えと商業施設にあるように思います。商業施設で集客する一方で、通勤・通学客のスムーズな移動を可能にする必要があります。また、現在ではユニバーサルデザインが重要視され、高齢者・障害者に関係なく移動できる施設が求められています。このことは、梅田のように複数の鉄道会社が集中して存在する場合、それぞれの乗り換えが円滑に行えるような工夫が必要です。JR大阪駅の建て替えを機に、梅田地域の一体的な整備が望ましいように思います。




参考資料

大阪駅物語/朝日新聞大阪本社社会編/弘済出版社 1980.11

日本鉄道紀要/日本経済評論社 1981.9

西日本旅客鉄道株式会社ホームページ http://www.westjr.co.jp/

交通科学博物館ホームページ http://www.mtm.or.jp/

大阪atNightホームページ http://osakanight.xrea.jp/

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